こういう人間です
盛岡市在住。ライター。
性格偏屈。趣味はないが嫌いなものはない。 20年余りの都会暮らし、 10年余りの山暮らしを 経て現在6年目のニュー タウン暮らし。 いまいるところがいつも いちばん好きなところ。 メールはこちらへどうぞ 以前の記事
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13日に山小屋に帰った。 仕事が一段落したし、あれこれ雪や寒さも心配だから、 帰るつもりではいたんだ。 7日の朝刊に秀さんの訃報が載っていた。 そのとき、13日に帰ることを決めていた。 一人暮らしの男が死んだらお葬式も静かに終わるだろう。 ほとぼりさめたころに、神社の隣の雪深い山で眠っている秀さんに、 お酒の一杯も飲んでもらいたかった。 この10年ほど、ぼくの周りの年寄りがポツンポツンと死んでいる。 それは仕方がないことだけど、 人が死ぬ順番というのはサイコロみたいに気まぐれだ。 -同じ夜に何千人死のうと、人はただひとりで死んでいく- と書いたのは山田風太郎だけど、この突き放した言い方はとても好きだ。 それを自分が受け入れられるかどうはともかく。 秀さんの墓はあっけなかった。 持参のお酒を卒塔婆に振りかけ、 ぼくも飲み、しばらくあれこれ思い出して、 ヤッケのポケットからピーナツ出してポリポリ食べ、 きれいに雪掻きしてある墓地を下りた。 下でSさんが待っていた。 Sさんのご主人も去年亡くなったばかりで、 上がりこんではよくお酒をご馳走になった。 墓に入ったばかりの秀さんとも仲が良かった。 「寄ってけ」と言われて土間のストーブの横に座った。 Sさん、憎たらしいことをしてくれた。 「ほれ、泣け」と言ってティッシュを出したんだ。 まるでパブロフの犬みたいにぼくは泣いてしまい、 「ほれ、飲め」と言われて日本酒を大きな湯飲みに注がれた。 「いい日に来てもらったなあ。今日は初十日だよ」 知らなかった。仏式は初七日だが神式は初十日だ。 ちょうど、13日がその日だった。 山小屋に二晩泊まって、 薪ストーブのそばでずっと過ごした。 ゆっくり休めた気がする。
by northend
| 2006-02-15 22:51
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