こういう人間です
盛岡市在住。ライター。
性格偏屈。趣味はないが嫌いなものはない。 20年余りの都会暮らし、 10年余りの山暮らしを 経て現在6年目のニュー タウン暮らし。 いまいるところがいつも いちばん好きなところ。 メールはこちらへどうぞ 以前の記事
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昨日今日で実家のある海辺のK町。老親のことあれこれ。 お盆にも帰ったし先だっても帰ったが、まだ未解決なことがあった。 それを今回は、解決できなくても方向性だけはつけておきたかった。 実家の隣には百歳のおばあちゃんと75歳の娘さんが二人で暮らしている。 ぼくは子どものころから知っているから、 いまでも顔を合わせると、「あら、△ちゃん帰ってたんだ」と言われる。 「ゆっくりしていってネ」と言われる。 ぼくはいつも、つむじ風のように引き上げてくるからだ(笑) その75歳の娘さんが昼過ぎに「手を貸して」と玄関から声をかけた。 何事かと思って母が出て、すぐに「あんたも来て」と言う。 百歳のおばあちゃんが歩行器から椅子に移る途中で腰を落としてしまって 持ち上がらないという。 ズカズカと隣家に上がりこんでおばあちゃんの脇に両手を差し込み、 抱え上げて椅子に座らせたが、信じられないくらい重かった。 太っているせいもある。でもそれ以上に、足腰の衰えきった人を抱えるというのは とても難しいんだなとわかった。脇に両手を差し込んでも肘で支えてくれないから ずり落ちそうになる。だから背中から抱きつくように持ち上げるのだが、 すると悲しそうな声で「痛い」「苦しい」と言う。 やっと椅子に座らせたら何度も頭を下げてお礼を言われた。 同じ日の夜にまた「手を貸して」の声がかかった。 座った椅子から歩行器につかまらせるのに立ち上がってくれないという。 昼よりさらにおばあちゃんは足が弱っていた。 なんとか歩行器にしがみつかせたけど、両足は完全に弱ってしまって動かず、 またずるずると腰が沈む。必死で支えたけど、一人ではどうにもならず、 とにかく抱きかかえたまま援軍を呼んだらぼくの老父が駆けつけた。 娘さんと3人で横たえたまま抱き上げてベッドまで運ぶ。 明日からどうするんだろう。もう娘さんには限界だろう。 百歳を75歳が介護するのか? 何かが絶対に間違っているなという気がした。でもこれが、住む場所を問わず この国の現実だ。 「どうして今日からこうなったの?」と娘さんは泣き笑いしてた。 東京から妹も来て、家族4人でいろいろなことを話し合った。 こういうケース、ああいうケースと考えて、それぞれの事態でどうするか 一応、決めた。実際には事が起こればなるようにしかならないのだが、 大筋だけでも決めておきたかったのだ。認知症の進んだ父は、 他人事のように不思議そうにぼくらの話を聞いていた。 午後のひととき、港まで歩いた。 たくさんの家族連れが小鯵釣りに興じている。のどかな光景。 ふと岸壁の向こうを見ると、久しぶりに入港した十万トンクラスの貨物船が タグボート数隻に押されたり曳かれたりしながら湾内で向きを変えていた。 ぼくに足りないのはなんだろうか。 力もそうだがそれよりも、押してあげよう曳いてあげよう、 前を向かせてあげようというひたむきさではないのかな。 そのことに気がついて、自分が情けなくなった。
by northend
| 2007-09-24 21:12
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