こういう人間です
盛岡市在住。ライター。
性格偏屈。趣味はないが嫌いなものはない。 20年余りの都会暮らし、 10年余りの山暮らしを 経て現在6年目のニュー タウン暮らし。 いまいるところがいつも いちばん好きなところ。 メールはこちらへどうぞ 以前の記事
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2日目は変な天気だった。 空は明るく、いまにも青空広がりそうなのに雨が降っている。 「こういうのは山の天気。だからすぐに晴れる」 そう思うのだけど、晴れない。晴れないどころか雨脚が強くなる。 けれども空は明るい。 外に出てやりたいことがあった。 裏庭に放置してある壊れかかったニワトリ小屋。 これをきれいさっぱり片付けてしまいたい。 ビニールトタンで打ちつけた屋根が雪の重さと風でズタズタになってる。 もうニワトリは飼えないんだし、裏庭の真ん中に建てたから邪魔。 だからバールとスコップを用意して、雨が止むのを待つ。 しかし雨は止まない。 ヤッケを着込めば作業はできるが、 「空はこんなに明るいんだから」と待ち続け、昼になってしまった。 その間、楡のテーブルに座り込んで本を読んでいた。 晴耕雨読って言うけど、そんな悠然としたものではなくて、 意識はトタン屋根に響く雨の音に向けられている。 だから本も途切れ途切れにしか読めない。 ときどきストーブに薪を「くべる」 「くべる」ってどういう意味なんだろうなとか考える。 昼は何を食べようかとも考え、 結局、まあ一杯飲むかとなった。頭も体も緩んでいるな。 午後になったら雨が止んだ。 バール一本持って小さなニワトリ小屋の解体作業。 釘で打ちつけたビニールトタンや金網は釘を抜いてから外す。 できるだけ傷めないほうがいいだろうと考えたから。 なぜそんなこと考えたかはわからない。 小屋は思ったより頑丈だった。 そういえば不器用なぼくが丸二日もかけてつくった小屋だった。 ちゃんとニワトリが眠れるように止まり木もあるし、 公園の遊具みたいに段差のある切り株も据えている。 エサ箱なんかよく見るV字型で、くちばしの先で啄ばみやすいように、 しかも安定するように工夫してある。 そういうの、バールで少しずつ壊していく。 基礎は意外にしっかり打ち込んである。 イタチの侵入に備えて、トタン板を数十センチも埋め込んだ。 そのトタン板を支えるために太い唐松を四隅に同じ深さだけ埋め込んである。 「へえ。よくやったもんだな」と感心する。 結局、畳一枚分ほどの広さしかないニワトリ小屋を解体したら、 陽はまだ高いけど4時近くなっている。 今日の作業はおしまい。 明るいうちに風呂に入ってビール。 薪ストーブを焚くとビールがうまい。 そのとき考えたのは、「オレってなんでこうなんだろう」ということだった。 何かを待つ。潮時を待つ。それから動く。 でもいつも、待っているだけの自分がしっくり来る。 根っからナマケモノだからといえば、そりゃまあそうなんだけど、 一日というのは待っている時間が無数に散りばめてあって、 人はそれに馴らされて気がつかないだけで、 その時間をどうやり過ごしていくかが大事なんじゃないだろうか。 日々の暮らしというのも、大部分は待つことで成り立っている。 世の中が慌しいなんてウソで、 待つことの下手な人間が慌しさをふくらましている。 それにしても、待つって何を待つんだ。 待っている間にも何かやっているんだから、 いったい何を待つんだ。
by northend
| 2006-04-20 20:46
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